![]() 「正義の味方」と聞くと、なにか古臭いイメージを感じるのは、わたしだけだろうか。 パッと思いつく「正義の味方」といえば、月光仮面、ガッチャマン、ミラーマンなどのヒーロー。或いは、アルセーヌ・ルパン、シャーロック・ホームズ、エルキュール・ポアロなどの、自分がこどもの頃から親しんでいる外国のミステリーの主人公。 しかしよくよく考えると、自分にとっての「正義の味方」は、大学に入ってすっかり魅了されてしまった中国古典文学の中にいることを思い出した。 それは、『水滸伝』に登場する108人の英雄たち。『水滸伝』というのは、中国古典文学の四大奇書の一つである。北宋末期、徽宗皇帝の時代。世の中は、乱れ、汚職官吏がはこびっていた。初めは市井に暮らしていた英雄・好漢たちが、悪徳官吏の罠や迫害、冤罪に陥れられ、刑に服する窮地を逃れて、一人、また一人と、自然の要害となっている梁山泊に集まってくる。宋江を首領とした、これら英雄・好漢の願いとは、悪徳官吏を打倒し、国を救うことであった。この英雄たちが、梁山泊にどのように集まってくるかを描いた過程一つ一つにも物語性があって、わたしたちを十分感動させてくれる。 本日5月24日に、双葉社から出版される、本多 孝好著『正義のミカタ』は、青春小説である。著者はすでにミステリー部門で高い評価を受けているので、ファンにすれば、ちょっと意外だったかもしれない。しかも恋愛小説も手がけているというから、著者の柔軟な執筆活動がうかがえる。 主人公の大学生は、高校時代にイジメを受けていた。だからこれまでとは違う自分に生まれ変わるつもりで、意気揚々と大学生活に突入するわけだが、なんと、入学してまもなく、大学のキャンパスで、自分をいじめていた同級生に出会うというから、皮肉なものだ。 主人公が作る「正義の味方研究部」というのもたいへん興味を引かれる。わたしもそういうクラブがあれば、是非自分の推薦する『水滸伝』の登場人物を研究対象にしてみたいものだ。 しかし、そもそもなぜ、正義の味方が必要になるのだろうか。それは、世の中で起きている間違ったことに対して、大きな不平や不満があるにもかかわらず、それに対する自分の力は、あまりにも非力で、いかんともしがたい。こういうジレンマの中で、わたしたちは、正義の味方を切望するのではないだろうか。 そしてこの原理は、今も昔も共通している。 いじめやリストラ、格差問題など、現代にはこびる漠然とした不安の中で生きるわたしたちに、何か一筋の希望を与えてくれそうな、そんな1冊である。 |
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